元伊勢籠神社の真相|伊勢の源流と六芒星の謎・最強の理由を徹底解剖
元伊勢籠神社の真相|伊勢の源流と六芒星の謎・最強の理由を徹底解剖の基本情報から最新動向までをわかりやすく整理しました。
元伊勢籠神社の歴史と経緯を紐解く上で欠かせないのが、皇祖神である天照大神(アマテラスオオミカミ)と食物・産業の守護神である豊受大神(トヨウケノオオカミ)の遷座録です。
社伝および古記録によると、第10代崇神天皇の時代、宮中に祀られていた天照大神の御神霊が、より相応しい鎮座地を求めて各地を巡行しました。その際、丹波国(現在の丹後地方)の「吉佐宮(よさのみや)」に4年間祀られたと伝えられています。さらに第21代雄略天皇の時代、天照大神の神託によって丹波の国から伊勢へと迎えられたのが豊受大神です。この「伊勢神宮の内宮・外宮の神々が伊勢へ移る前に共に祀られていた地」こそが、現在の元伊勢籠神社および奥宮・眞名井神社とされています。
平安時代の国家法制書『延喜式神名帳』において、籠神社は丹後国で唯一の名神大社(みょうじんだいしゃ)に列せられ、山陰道全体でも最高峰の社格を誇りました。明治以降も国幣中社、現在は神社本庁の別表神社として確固たる地位を維持しています。
現存する日本最古の系図「国宝 海部氏系図」が語る古代祭祀の正統性
籠神社の歴史的権威を決定づけているのが、代々宮司を務める海部(あまべ)家に伝わる国宝『海部氏系図(あまべしけいず)』です。平安時代初期の貞観年間(859〜877年)に書写されたとされる「本系図」と、江戸時代初期に作成された「勘注系図」から成り、昭和51年(1976年)に古文書として日本最古の系図として国宝に指定されました。
系図の始祖は、神話の時代に天孫降臨に先立って天磐船で降臨したとされる「彦火明命(ヒコホアカリノミコト)」です。海部氏は古代の丹後地域を治めた豪族であり、大和朝廷成立以前からこの地で太陽信仰や海洋祭祀を司ってきたことが学術的にも裏付けられています。単なる神話の伝承にとどまらず、1000年以上にわたる系譜が文字資料として実証されている点に、全国の神社と比較しても突出した歴史的重みがあります。