【道後温泉】伊佐爾波神社はなぜ135段?国宝社殿の秘密とご利益を徹底解説
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伊佐爾波神社の正面参道に立つと、まず視界を埋め尽くすのが天に向かって一直線に伸びる135段の急勾配な石段です。段差自体の蹴上が比較的高く、見上げるだけで息を呑むスケールを誇ります。なぜこれほど険しい石段が築かれたのでしょうか。
神社の創祀は古く、神功皇后や仲哀天皇が道後温泉に来湯した際の行宮跡に建てられたと伝えられています。延喜式神名帳にも記載された式内社であり、元々は道後公園のある湯築城付近に鎮座していました。中世に湯築城を築城した河野氏により現在の道後山中腹へと遷座され、城と道後温泉郷を天空から見守る守護神としての役割を担うことになりました。
現在の社殿は、松山藩3代藩主である松平定長公が、江戸城での弓勝負(射術の競射)において神仏に勝利を祈願し、見事「百発百中」の偉業を成し遂げた返礼として寛文7年(1667年)に建て替えたものです。将軍家の威光と藩主の信仰心が結実した社殿は、城下を見下ろす要害の高台に配置されたため、俗界から聖域へと意識を切り替える結界として、この峻険な135段の石段が設けられました。