聖徳太子の本名はなぜ厩戸皇子?教科書から消えた理由と実在説の真相
聖徳太子の本名はなぜ厩戸皇子?教科書から消えた理由と実在説の真相について分かりやすく解説いたします。詳細な分析をご覧ください。
Q1:聖徳太子の本当の本名は何と呼ぶのが正しいのですか?
A1:生前の実名(私署名・諱)は「厩戸(うまやど)」です。身分呼称を含めた当時の客観的な歴史用語としては「厩戸王(うまやどのおう)」、後世の通称としては「厩戸皇子(うまやどのおうじ)」と呼ぶのが正確です。「聖徳太子」は死後約1世紀を経てから贈られた尊称(諡号)です。
Q2:最新の教科書から「聖徳太子」という名前は完全に消えたのですか?
A2:完全に消えたわけではありません。中学校の教科書では「聖徳太子(厩戸王)」、高等学校の教科書では「厩戸王(聖徳太子)」のように、ほぼすべての教科書で両者が併記されています。生前の政治活動を史実として捉える観点と、後世の文化に与えた影響を捉える観点の両立が図られています。
Q3:なぜ「皇子」ではなく「厩戸王」と呼ばれることが増えたのですか?
A3:大和朝廷において「皇子」という呼称が法制化されたのは701年の大宝律令以降であり、聖徳太子が生きた6世紀末〜7世紀初頭の推古朝当時は、天皇の子や皇族を「王(おおきみ・みこ)」と呼んでいたためです。同時代の身位標識に合わせる実証主義の観点から「厩戸王」が用いられます。
Q4:聖徳太子は実在しなかったというのは本当ですか?
A4:人物そのものが架空だったわけではありません。「10人の訴えを同時に聞き分けた」「未来を予言した」といった超人的なスーパーマン像や、すべてを1人で成し遂げたという英雄伝説は後世の創作ですが、法隆寺の光背銘や天寿国繍帳などの同時代史料から、そのモデルとなった実在の王族「厩戸王」が存在し、仏教興隆や政治に関与したのは紛れもない事実です。