【山が一夜で消滅した惨劇】二又トンネル爆発事故から81年…147人が犠牲になった戦後最大級の爆発事故と現代に刻む防犯・防災の教訓
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惨事の引き金となったのは、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指示に基づく残留兵器・火薬の処分作業だった。
当時、トンネル内には極めて危険な状態の爆薬が大量に堆積していた。本来であれば、専門的な知識と慎重な計画のもとで段階的に搬出・脱臭・処理されるべき代物だった。しかし、現場ではトンネルの坑口近くで火薬に直接火をつけて焼却処理を試みるという、現代の安全基準から見れば極めて軽率な手法が採られたとされる。
煙と熱がトンネルの奥へと逆流し、内部に充満した火薬ガスと残留爆薬に引火。密閉されたトンネル内部は巨大な大砲の筒と同じ構造となり、エネルギーの逃げ場を失った熱と圧力が一気に山全体を破壊した。終戦直後の混乱期における安全管理の欠如と、危険物への認識不足が重なった人災という側面は否定できない。