美空ひばりは「リンゴの唄」を歌った?リンゴ追分との違いと衝撃の真相
美空ひばりは「リンゴの唄」を歌った?リンゴ追分との違いと衝撃の真相について見逃せない 注意点を分かりやすい構成で解説いたします。
美空ひばり(本名・加藤和枝)の幼少期の歌唱力を語る上で、避けて通れないのが『NHKのど自慢』をめぐる有名な逸話です。
1946年(昭和21年)、当時わずか9歳だった美空ひばりは、母・喜美枝に連れられてNHKのど自慢(神奈川県予選など)に出場しました。笠置シヅ子や並木路子らトップスターの歌謡曲、あるいは戦時歌謡「九段の母」などを完璧なリズムと大人の表情で堂々と歌い上げたものの、審査員が鳴らした鐘は非情にも「カラン」と1つだけ(不合格)でした。
当時の審査員が下した評価理由は「子どもらしくない」「大人の物真似をしていて不快(ゲテモノ)」というものでした。焼け跡の残る戦後初期において、子どもが色気や哀愁を漂わせて流行歌を歌うことに対し、既成の文化人や保守的な教育観からは強い拒絶反応が示されたのです。
しかし、大衆の耳は審査員の価値観とは全く異なる評価を下していました。地方の劇場や巡業先では、9歳の少女がマイクの前に立つだけで観客が息を呑み、圧倒的な声量とコブシ回しに割れんばかりの拍手が送られました。その後、1949年に映画『のど自慢狂時代』への出演を経て、同年のシングル『河童ブギウギ』で正式にメジャーデビュー。さらに『悲しき口笛』の大ヒットによって、彼女は一気に国民的スターダムへと駆け上がることになります。