ベーゼンドルファー至高の真相|ヤマハ買収劇とスタインウェイの決定打
ベーゼンドルファー至高の真相|ヤマハ買収劇とスタインウェイの決定打の重要ポイントを解説します。最新トレンドが詰まっています。
インターネット上の掲示板やピアニストの対談で散見されるのが、「ベーゼンドルファーは名器だが、いざ弾くと非常に弾きにくい」という評価です。世界最高峰の楽器がなぜそのように言われるのか。その背景には、2つの構造的・視覚的理由が存在します。
最大の要因は、フラッグシップモデルである「モデル290 インペリアル」の97鍵盤システムにあります。通常のピアノは88鍵(最低音はA)ですが、インペリアルは低音側に鍵盤が9鍵追加され、最低音がC0まで拡張されています。これは20世紀初頭、作曲家フェルッチョ・ブゾーニがバッハのオルガン曲をピアノ用に編曲する際、オルガンのペダル鍵盤が持つ重低音(32フィート管の響き)を再現するために特注したことが始まりです。
この追加された低音鍵盤は、通常の演奏時にピアニストが視界の端で鍵盤位置を見失う錯覚(鍵盤感覚のゲシュタルト崩壊)を引き起こさないよう、白鍵と黒鍵が反転した黒一色の仕様、あるいはカバーで覆うギミックが施されています。それでもなお、視覚的な基準点が左側にズレる感覚は、慣れていないピアニストに強い違和感と緊張を強いることになります。
もうひとつの理由は、打鍵のアクション機構が求める「タッチの精度」です。スタインウェイの鍵盤アクションは打鍵のエネルギーを極めて効率的に音へと変換し、ある意味で弾き手を強力にサポートしてくれます。しかしベーゼンドルファーは、演奏者が鍵盤の底まで指の重みをどのように乗せ、どのように抜いたかが、誤魔化しの一切利かない剥き出しの音となって現れます。
不用意な打鍵をすれば音がくぐもり、雑なアタックをすれば無機質な響きにしかなりません。しかし、指先一本一本の重量配分を完全にコントロールできる名手の手にかかった瞬間、ピアノとは思えないほど官能的で潤いのある音楽が解き放たれます。「弾きにくい」という悪評の正体は、楽器が弾き手に対して一流のタッチと表現力を厳密に要求している証左に他なりません。