麻生太郎と石破茂の確執と因縁|握手拒否の真相と最新勢力図の全貌
麻生太郎と石破茂の確執と因縁|握手拒否の真相と最新勢力図の全貌の全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。
麻生太郎氏と石破茂氏の対立の原点を辿ると、2009年7月に永田町を揺るがした「麻生おろし」に突き当たります。当時、内閣支持率が20%台を割り込み窮地に立たされていた麻生政権下で、石破氏は農林水産大臣として閣内に留まっていました。しかし、東京都議選での惨敗直後、石破氏は首相官邸に乗り込み、麻生首相(当時)に対して「自民党の再生のためには、自ら身を処すべきだ」と退陣を迫ったのです。
当時の閣僚手記や政治記者の証言録によると、麻生氏は面会後、側近に対して「閣内におりながら、後ろから鉄砲を撃つような真似をする人間を誰が信じられるか」と激しい怒りを露わにしたと記録されています。信義と仁義を絶対視する保守政治家の系譜を継ぐ麻生氏にとって、この行動は「裏切り」そのものとして記憶されました。
一方の石破氏は、著書や単独インタビューの中で「総理個人を攻撃したのではなく、政権交代の危機に直面していた自民党を救うための直言だった」と一貫して主張しています。理屈と正論を重んじる石破氏のスタイルと、恩義や組織の団結を重んじる麻生氏の倫理観は、この瞬間から決して交わらない平行線をたどることになりました。