吉岡秀隆と『北の国から』21年の軌跡|黒板純の苦悩と田中邦衛との絆
吉岡秀隆と『北の国から』21年の軌跡|黒板純の苦悩と田中邦衛との絆に関する深掘り解説を分かりやすく解説いたします。
1980年、名匠・山田洋次監督の映画『遙かなる山の呼び声』で注目を集めた吉岡秀隆は、脚本家・倉本聰の目に留まり、フジテレビ開局20周年記念番組として企画された『北の国から』の黒板純役に大抜擢されました。妹・螢役の中嶋朋子とともに東京から北海道富良野市へと渡った当時、吉岡は小学4年生。まだ都会の垢が抜けない華奢な少年でした。
倉本聰が求めたのは、作り物の芝居ではなく「富良野の風土に根を張る人間の剥き出しの命」でした。冬になれば氷点下20度以下に達する極寒の地で、暖房のない廃屋のセット、本物の吹雪の中での長時間の待機、泥まみれの農作業など、子役に対する手加減は一切ありませんでした。
富良野での生活は、学校の長期休暇を利用した撮影にとどまらず、数ヶ月間に及ぶ長期滞在が常態化。吉岡秀隆自身、後年のインタビューや回顧録において、当時は東京の同級生たちと遊ぶこともできず、「なぜ自分だけがこんな過酷な場所にいなければならないのか」と自問自答を繰り返す吉岡秀隆 子役時代の孤独と疎外感に苛まれていたと吐露しています。