吉本新喜劇の伝説・花紀京の生涯と死因|父エンタツとの絆と素顔
吉本新喜劇の伝説・花紀京の生涯と死因|父エンタツとの絆と素顔の全貌を丁寧に掘り下げてご紹介します。
花紀京(本名:石田京三)は1937年3月30日、大阪市に生まれました。父は近代漫才のスタイルを確立した「横山エンタツ・花菱アチャコ」の横山エンタツ。まさに上方芸能界のサラブレッドとして生を受けましたが、本人は「大看板の息子の七光り」と呼ばれることを徹底して嫌いました。
芸能界入りを決意した際、父のエンタツに弟子入りするのではなく、父の元相方であった花菱アチャコに師事する道を選びます。「花紀京」という芸名は、師匠アチャコの「花」と、本名の京三から名付けられました。現場では父の名前を一切出さず、下積みから徹底して舞台度胸と演技の基礎を叩き込まれたことが、後年の確かな演技力の土台となりました。