神様仏様稲尾様と呼ばれた男|シーズン42勝と鉄腕の真実を徹底解剖

今注目を集めている 神様仏様稲尾様と呼ばれた男|シーズン42勝と鉄腕の真実を徹底解剖について、詳しいまとめを整理して公開しています。

稲尾和久の名を球史に決定づけたのが、1958年の日本シリーズ(西鉄ライオンズ対読売ジャイアンツ)です。三原脩監督率いる西鉄は、水原茂監督率いる巨人に開幕からまさかの3連敗を喫し、王手をかけられる絶体絶命の危機に追い込まれました。

ここから稲尾による伝説の反撃が幕を開けます。雨天順延を挟みながら、第4戦から第7戦まで4試合連続で先発登板し、そのすべてで完投勝利を収めるという離れ業を演じました。第5戦では自らサヨナラ本塁打を放ち、最終第7戦も巨人を6対1で退けて前人未到の3連敗4連勝逆転日本一を成し遂げたのです。このシリーズ全7戦中6試合に登板し、47イニングを投げ抜いた鉄腕に対し、地元紙『西日本新聞』のコラムが放った賞賛の一句こそが、今なお語り継がれる「神様、仏様、稲尾様」の由来でした。

後年の自著や特番インタビューの中で、稲尾本人は当時の極限状態について「マウンド上では疲労の感覚すら消え失せ、捕手のミットしか見えなくなっていた」と述懐しています。単なる体力任せの連投ではなく、指先の研ぎ澄まされた感覚と強靭な精神力が生み出した奇跡の逆転劇でした。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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