東京五輪マラソンはなぜ札幌へ移転?電撃発表の真相と遺された教訓

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急転直下の移転劇に最も翻弄されたのは、青春とキャリアのすべてを東京五輪に懸けていたアスリートたちでした。

日本陸連は2019年9月、本番と同じ東京のコースで代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」を開催していました。内定を勝ち取った選手たちは、東京特有の路面硬度、神宮外苑付近の起伏、銀座や浅草の街並みから受ける風の流れを徹底的に体に叩き込み、東京を走るための肉体改造とフォーム調整を進めていたのです。

ところが、わずか1か月後に突きつけられたのは「札幌開催」という冷徹な通告でした。男子日本代表に内定していた大迫傑選手や服部勇馬選手、女子の前田穂南選手ら陣営には、言葉にしがたい戸惑いが広がりました。後に語られた選手たちの手記や会見からは、以下のような偽らざる本音が浮かび上がっています。

「東京の坂やコーナーを想定して練習メニューを組み立ててきた。ゼロからやり直すしかないが、正直、気持ちの整理には時間がかかった」(代表選手の手記・談話より)

決定された札幌大通公園発着コースは、大通公園をスタート・フィニッシュとし、市内中心部を走った後に北海道大学構内などを巡る変則的なループコース(約20kmの大きな周回を1周したのち、約10kmの周回を2周する設計)でした。フラットで走りやすいという利点はあったものの、直角カーブの多さやすれ違い区間の設定など、東京のコースとは全く異なる特性を持っていたため、選手たちは戦略の根本的な再構築を強いられました。

また、オリンピック競歩札幌開催も同時に決定されたため、日本のお家芸としてメダル量産が期待されていた競歩チームも現地拠点の確保や給水体制の見直しなど、過酷なバックヤード対応に追われることとなりました。現場の選手やコーチ陣の間には、「アスリートファーストという美名の下で、実態は組織の都合に選手が振り回されているのではないか」という不信感が少なからず漂っていたのは紛れもない事実です。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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