朝赤龍の現在と高砂部屋継承の真実!朝青龍との絆と弟子指導の舞台裏
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朝赤龍の足跡を語る上で欠かせないのが、元横綱・朝青龍との運命的な巡り合わせです。1997年、モンゴル・ウランバートルで行われた選考会を経て、2人は高知県の明徳義塾 相撲留学の第1期生として揃って来日しました。言葉も通じず、厳しい日本の部活動の上下関係と寒さに耐え忍んだ高校時代、2人は1枚のパンを分け合い、100円玉を出し合って国際電話をかけたという逸話が残されています。
当時の特番インタビューや手記において、朝赤龍は「ダグワ(朝青龍の本名ドルゴルスレン・ダグワドルジ)がいたから、どんなに厳しい稽古にも耐えられた。あいつは太陽で、自分はその光を受ける月のような存在だった」と率直な胸の内を吐露しています。土俵上で闘志をむき出しにして平成の角界を席巻した「動の朝青龍」に対し、常に沈着冷静で土俵マナーを崩さなかった「静の朝赤龍」。好対照な2人の朝赤龍 朝青龍 関係は、ライバルでありながら血のつながった兄弟以上の精神的支柱でした。
朝青龍が高砂部屋に入門した際、若松部屋にいた朝赤龍は部屋の合流(2002年の若松部屋と高砂部屋の合併)によって再び同じ屋根の下で暮らすことになります。横綱として角界の頂点に君臨し、時に激しい世論のバッシングに晒された朝青龍が、唯一弱音を吐き、素顔の自分に戻れる場所が朝赤龍の傍らでした。朝青龍が角界を去った後もその私的な友情は揺らぐことなく、朝赤龍が名門部屋を継承した際には、モンゴルから誰よりも早く祝福とエールを届けています。